絵本を。
書いてやろうと思った。
無知なあの子に。
辛いこと、哀しいこと、厳しいことばかりを知っているあの子に。
少しでも楽しいことを知ってもらおうとして、書き始めた。
書き始めるとこれがまた楽しくて。
授業の合間にも書くようになった。
「先生」
ある日、あまりにも熱中している俺の姿を谷口が不思議に思ったのか声を掛けてきた。
「何をなさっているんですか?」
「ん?
ああ、これか。
娘に絵本を書いているんだ」
出来上がったものをあの子に渡す所を想像して、思わず笑みが漏れる。
「そうですか・・・・」
つられたように谷口も笑みを漏らす。
「頑張って下さいね」
背を向けて、教室から出て行く途中、ん?と谷口が首をかしげた気もするが、とくに気にしない。
喜んで、くれるだろうか。
動物達と、女の子がお話をして、仲良くなっていく物語。
あぁ、楽しみだなぁ。
クローンでも構わない。
あと少しの命でも。
俺にはコレくらいしか出来ないから。
ただ、笑顔を見たいから。
「咲良、喜んでくれるかなぁ」
「兄さん・・・」
「お、どうした弟」
扉の向こうから会議室に弟が入ってくる。
「何か、恋する乙女みたいな顔だよ」
「んん?ま、かもしれないなぁ・・・・・」
ふっと紙の上に陰がかかる。
顔を上げると、赤い目をした弟の厳しい顔。
「・・・・・・・渡さないよ」
「がはは・・・・、何をかな?」
黒髪を揺らして去っていく弟の背をみつめて。
「こちらこそ、譲る気は無いんだなぁ、それが」
そしてまた、絵本を書き始める。
動物達と、女の子と。
その父親と、父親の弟の。
楽しくて、面白くて。
だけど、深い深い物語を。
やっぱり先生大好きだ。
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